あの子に水は届くのだろうか ナムタンの話

今、千葉県では台風の被害でとんでもないことになっている。
千葉県の南部では屋根は飛び、水没して停電断水だ。
SNS上でももちろん個人のラインでも救援物資の話がとびかう。
自然災害の前に人弱いし、金持ちだろうが貧乏だろうが、日本人だろうが外国人だろうが平等だ。
この日本には沢山の外国人がいる。
ご存知の通り、旦那はタイ人だ。
多分普通の人よりも外国人と呼ばれる人が周りにいる。
そしてその中にはビザを持たない人 オーバースティと呼ばれる人もいる。
オーバースティの人には2通りタイプがある。
ひとつは、当たり前のように日本の社会の中に入って、ビザがないのを周りは気づかないタイプ。
もうひとつは、社会とは混じらずにひっそりと隠れているタイプ。
アタシが出会った8歳の少女ナムタンの両親は後者のタイプだった。
初めてそこに行ったのが何故なのか、いつだったのは記憶にない。多分、旦那の友達の付き合いで訪ねたんだと思う。
普通の住宅地の一角にある町工場。その2階にナムタンは居た。
パッと見ると普通のタイ人の少女。くるっとした大きな瞳で可愛らしい。
両親が共にオーバースティという事は彼女は充分理解していたと思う。
何故なら彼女は、その敷地から出た事がないと言っていたし日本語を話す事が出来なかったから。
普通のその歳であれば、小学校に通って外で跳ね回る歳だろう。
ナムタンは昼間は工場の2階で、ただ両親を待ち夜になったら家族団欒をするだけだったのだ。
何故オーバースティとか、子供の環境について是非を問うのは今は辞めたい。
それから時々会う度に、日本語を教えたりお菓子を持って行ったりもしてた。
ナムタンからタイの童謡も教えてもらってりもした。
ナムタンの両親に、なんとか学校に行かせようと話してみたりした事もある。
オーバースティでも学校に通っているケースは実は日本の中である事である一定年数学校に通っていれば子供の環境を尊重して家族全員にビザがおりるケースもある。
でもナムタンは、日本にもタイにも戸籍がなかった。
彼女はこの世界の何処にも存在しない子供だったんだ。
そうなると、先ずそこをクリアしないと何も助けられないんだけど
彼女の両親はそれをする事は無かった。
戸籍を作るために外に出て行って捕まってしまったら何もかも終わりなのだ。
ある日 大変な事が起きた。
もう1人いたタイ人が道路で警察に捕まったのだ。
彼が警察の中で何を話すかわからない。
明日警察が来るかもしれない。
ナムタンの家族はその日のうちに居なくなった。
特に親しい友人ではなかったからお別れの挨拶も出来なかった。日本の楽しさを教える事も出来なかった。
私の中で去って行く外国人は追わないルールがあるから、今ナムタンが何処でどうしているかはわからない。
行政の支援も個人の支援も、強い立場から行われていく。
強い人が充分にならないと次の立場の人にはいかない。
それが社会ってもんで、ここを変えるには総理大臣が100人変わっても出来ないだろう。
大人は自分で選んでいるのだから仕方ない。
ナムタンの両親だって日本が辛ければタイに帰ればいいんだ。それをしないのは自分だ。
でも子供は自分で自分の環境は選べない。
日本でも子供の虐待とか貧困とか沢山の問題はある。
外に出てこれる子供は大丈夫だ。
本当に助けなきゃいけない子供は表には出てこれない。
強い立場の人が潤って、普通の人がもう充分だって言って溢れ出したものしか届かない。
ナムタンが何処にいるのか、果たして日本にいるのかさえもわからないけど、こんな被害地の話を聞くとナムタンはどうしているのだろうと勝手に心配する。
何が助けられる訳でもないし、世の中の仕組みを少しも変える事も出来ない。
でも、アタシは物資を送るよ。
被害地の沢山の支援物資を見て、有り余るほどになったら、ナムタンにも誰かが持っていってくれるかもしれないって思うんだ。
自己満足でも余って処分に困るでもいいんだ。
余って捨てられたものを、夜中にこっそり拾いに来る人がいるかもしれない。
この世のどこにも、本当に困ってる人がいない場所なんかない。
そこに本当に届けるには有り余らせなくちゃ届かないんだ。
アタシのやることなんか偽善で理想論で口だけ番長で、自分の頭のハエも追えないくせにで、おせっかいなんだと思う。
それでも、ナムタンに水は届いたのかしらって勝手に心配してるんだよね。